松前藩主の黒色Diary

タイトル通りです。松前藩主とかいうどこぞの馬の骨が、日々を黒(歴史)に染め上げていく日記です。

あれから1年

 ちょうど一年前、こんな記事を書いていました。訳あって非公開設定にしたままでしたが、いまさらなので公開します。

matsumaehansyu.hatenablog.com

 

 「あまりこんなことを言ってはいけないのですが、僕は卒業研究に対してさほど頑張ろうという気はありません。

一年前の自分は、こんなことを書いていました。確かに当時はまだコロナ以前の世界でしたので、きついコアタイム、非難飛び交うゼミ、不安定な人間関係が念頭にあって、とてもやる気が起きなかったのです。

しかしコロナがすべてを吹き飛ばしました。

コアタイム制は崩壊し、ゼミはオンラインのせいか緩やかになり、世界があまりにも不安定になったおかげで、人間関係が些末な問題に成りさがりました。

ラボが再開してからは、三密の回避という名目で、実験量を個人でコントロールできる(やる気と実験量が正確に比例する)ようになりました。

一方、やる気に関しては日が経つほどに上がっていきました。正確には、あれはやる気というより、焦燥感と呼べるようなものでしたが。

ただでさえ最初の2か月が失われ、加えて自らの才能のなさを自覚していた僕は、とにかく実験しなければ、何も結果が出ず卒論が書けなくなると思っていたのです。実際に、ラボが再開してからしばらく結果が全く出ず、焦燥感が増大していきました。

結果が足りないという焦燥感はその後、卒論を書き終わるまで続きました。

気づいたら僕は、「結果を出さなければならない」と思い込んでいたのです。

一年前の僕は、結果が出れば御の字くらいだと、思っていたというのに。

自分を忘れるほどの強烈な焦燥感で、自らを騙していたのです。

 

この一年間、一年前の頑張らない宣言とは裏腹に、随分と、身の丈に合わないほど、頑張ってきました。

それは前出の焦燥感もそうですが、正直に言って同期がほとんど優秀でないからこそ、自分が頑張らなければならないという使命感もありました。

また、自分の直属の上司にあたる人があまりにも優秀すぎて、常に比較され続けるからこそ、頑張らなければならないというプレッシャーもありました。

ポジティブな感情としては、自分の予想を上回って面白い結果が出てきて、研究そのものが楽しくなったこともあります。

特に、なんだかんだ楽しかったことが、この一年間頑張ってきた理由なのかもしれません。

ただ年明けからは、その頑張ろうという気持ちがマイナスに働いてしまっていました。

年末にプログレスをして浮かんだ問題を一刻も早く解消しなければならない、卒論も書き進めないといけない、卒研発表も作って、学会の準備もして、新メンバーのトレーニングにも人一倍参加して、更にはここではまだ言えない実験の話もあって、この3か月は体力と精神を摩耗し続けていました。命を削ったとさえ言えます。

で、これまた希死念慮的な発想で、過労死するなら本望とでも言わんばかりに、命を削る感覚に一抹の喜びさえ見出していたので、体調を崩そうが成し遂げてやると思っていました。

そして上記の全てのタスクが終わり、このブログを見返して、一年前の記事を見つけました。

もともとは、一年前のこの記事を書いていた僕が、本当の僕なのです。

努力は報われないと諦め、頑張るやつらを鼻で笑い、自分は適当に物事を済ます。常に集団の後方に位置し、あまつさえそれを離れて一人で自分の道を行くような身勝手な人間なのです。

本当は頑張らない人間だったのに、上記のような様々な要素によって、この一年間は不釣り合いに頑張りました。同期を引っ張ってきたという自負も、あります。

でもさすがに疲れました。似合わないことをして、無理をしました。

頼りない同期も少しは成長し、結果も残しました。

この一年間は、僕が頑張ってきました。

なら次の一年は、他の人に頑張ってもらいましょう。

僕は一年ぶりに、本当の僕に戻ることにします。

 

顔の使い分けpart2

三が日くらいしか、ブログを書く余力が出ないのです。

よって今日も書きます。明日は別の何かを書くと思うのでブログは今日でまた止まる予定です。

 

顔の使い分けというタイトルで、以前にも記事を書いたことがありました。

当時の自分は友人が起こしたとある事件にとても失望し、その思いをぶつける場所がなかったので、ここに色々と書いたと思います。

なぜ直接本人に言わないかというと、言っても無駄だと悟っていたからです。決して真正面から言うのが怖かったとかではありません。実際に自分はあの事件の直後に、手短ですがラインで厳しい言葉を送り付けています。

あそこで立ち上がるか否かが、彼の研究生活の今後を左右すると思っていたからこそ、立ち上がらせるために敢えて厳しい顔をしたというのもあります。彼の性格的にも、多分甘やかすより厳しく接した方が立ち上がってくるだろうと思っていました。

 

最初は立ち上がる素振りを見せてくれました。これならまた近いうちに元通りになると、当時の自分はそう期待していました。

だがそれも一瞬の話で、気づけばまだ堕落していきました。

彼があの事件で身に着けたのは、研究への誠実さではなく、表面を着飾る方法だったのです。

以降、クリティカルなやらかしは耳にしませんが、手を抜けるところで抜きまくって、体裁だけは整えて、のらりくらりとやり過ごしています。

彼は何のために大学院に進学するのでしょうか……モラトリアムを楽しむためだけに沢山のお金を息子に取られることになった親御さんがひたすらかわいそうですね。

今や他のラボメンの大半が、彼を信用していません。怒りや呆れの声すら聞きます。

自分は、もはやそういった感情すら、彼に向けていません。期待する価値も、救える余地も、何一つ残っていないと思ったからです。

怒りという感情は、随分とたくさんのエネルギーを使う感情です。自分にはそのエネルギーを彼に注ぐほどの余裕も義理もありません。

 

ただ、一方的な視点だけでは考えが偏ると思います。そんな中、つい最近、珍しくまだ彼の味方をする気がある人と話をしました。

「彼は責任感が強いから、普通ならそんなことはしないはず。なにかきっと事情がある」

確かに、一理あると思います。実際、当時の彼はまだ部活をやっていて、そちらが本格的に再開したから、研究に割く力が減ったという説明も、付けることはできます。

ただ別のある人は、以前こう言っていました。

「もう部活はないはずなのに、なんであいつはラボに来ないんだ?」

彼は部活を恐らく12月あたりで引退したはずです。それ以降は、また研究に力を入れられると思うのですが、彼は12月に入っても、体裁だけ整えたサボりを繰り返しました。

これでもなお、責任感が強いと、言えるのでしょうか。

個人的には別にラボに来てほしいとは思いませんが、来るなら来る、来ないなら来ないではっきりしてほしいですね。その優柔不断な態度のおかげで、迷惑を被っている人もいるのです。

 

さて、ここからがタイトルの通り、顔の使い分けになるのですが。

昨年のあの事件の後、自分は顔を使い分けると書きました。

友人としてはこれからもいい顔をするけど、ラボメンとしてはもういい顔をしない。

でもきっぱりとした顔の使い分けなんて生まれて初めて行うので、正直うまくいくか、心配していた点もありました。

今振り返ってみると、自分の想定以上に、うまく顔を使い分けていると思います。

実際に、友人としては今も親交があります。一緒にゲームしたり、バカ話をして笑いあっています。

でも研究の話は、ほぼしていません。

いやもしかしたらしているのかもしれませんが、記憶にはありません。

恐らく記憶に残らない程度の、内容のない話しかしていないのです。

そもそも、研究に対して真面目に取り組んでいない人の研究の話を、真面目に聞く価値があるのでしょうか。

自分はないと思うので、真面目に聞いていません。比較的最近覚えた、頭を使わずに脊髄反射で返答するような、そんな扱いです。

それでもって、表面上は波風が立っていませんからね。実にうまい顔の使い分け方です。

別に自分が大人だと言うつもりはありませんが、望まなくても人は大人になってしまうのだと、最近考えています。彼は大人のように表面だけ取り繕うずる賢さを覚え、自分は大人のように仕事とプライベートで顔を使い分けることを覚えました。

改めて、なるほど大人になんてなりたくないと、人々は言うわけですね。

神様じゃなくなった日

新年あけましておめでとうございます。

昨年はあまり精力的な活動ができませんでしたが、今年は頑張りません。

今年は忙しくなりそうです。

ブログも、これまで以上に書く頻度が減ると思います。

 

ただ書きたいことは2つあって、それを大みそかと今年に分けて書こうと思ったのですが、やる気が出ませんでした。発表のスライドを作っていたせいでひどく疲れてしまったのです。

 

今回は、昨年に放映されたアニメ「神様になった日」について書いていこうと思います。いろいろと思うところがあって、これは文章化したかったところです。

結論から言うと、神様になった日は麻枝さん史上最悪の失敗作と言えるでしょう。

ただ麻枝さんの(にわか)ファンとしては、どうしてこうなってしまったのかを、色々と考えるわけです。その考えた内容を、これから書いていこうと思います。

それで、書く順番を悩んだのですが、敢えて最終話から遡る形にしてみようと思います。よって以下ネタバレとなります。

 

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顔の使い分け

向こうには書けない話なのでこちらに。

事件が起こったのは9/24。

僕が所属している研究室では、バイトのシフト表みたいなものがあります。

ラボメンがフル参加すると部屋に対する人口密度が高すぎて三密になるため、定員を10-11人に設定して、各々が研究室に行く時間を出席表に記入しているのです。

ここで出席表をバイトのシフト表に例えたのは理由があります。

バイトのシフト表は基本的に守って然るべきものですよね。守らなければバイト先を追放されることでしょう。

研究室の出席表も、バイトのシフト表のように守って然るべきものだと、僕は考えています。研究とは試薬や設備を使う代わりに、成果を出す営みです。これはバイトでお金を貰う代わりに労働することと、構図は同じです。

卒業研究は決して遊びではありません。研究は立派な社会活動の範疇です。

その研究室の出席表を厳守するのは当然のことでしょう。会社やバイト先に遅刻・欠勤してはいけないと考えられるのなら、同様に研究室にも遅刻・欠席してはいけないでしょう。

ただ非常に残念なことに、当研究室では遅刻や無断欠席が後を絶ちません。

特に自分の同期が、よくこのようなことを平然と行っています。

しかも今回の事件は、百歩譲って無断欠席を許したとしても、もっと根本的な理由で許せない点が、2つもあるのです。

1つ目は、他人に多大な迷惑をかけたこと。

研究を一人でやっている場合は、遅刻欠席したところで、基本的に自分しか損をしません。しかし誰かと一緒に研究をしている場合は、その研究相手にも被害を及ぼします。

研究室に所属している人にとって、研究活動の妨害は即ち人生の妨害です。

なぜなら、たとえ将来研究職にならないとしても、現時点では研究室に所属している人の人生のメインは研究活動だからです。

一週間の時間の使い方の内訳をみれば、最も多い割合を占めるのは研究活動でしょう。

僕は他人の人生の妨害を行う人間が一番嫌いなタイプの人間です。それがたとえ自分の人生でなくても、自分に近しい人間の人生を妨害するようであれば、そいつはもはや僕の敵です。

人生の妨害ほど、非生産的な行為はありません。やる方も、やられる方も、大いにマイナスです。そんなくだらないことをするために生きているのなら、いっそ死んだ方がマシです。

そしてもう一つの許せない点は、事後対応の不誠実さ。

例えば寝坊して遅刻が確定した時、一般的にはまず最初に何をしますか?

学校や会社といった、自分が所属している組織に対して、謝罪のメールないし電話をかけますよね。それが当たり前で、一般常識で、最低限守るべき社会のマナーだからです。

しかし今回の事件を起こしたそいつは、まず最初に、出席表の改竄を行いました。

これ以降の時系列は、自分は当事者ではないので、あやふやな部分もあるのですが。そんなくだらないことは、全部の謝罪と贖罪が終わった後に勝手にやればいいことでしょう。

そして次に、先輩に謝罪のラインを送りました。

しかしこの先輩は、今回の無断欠席で「最も被害を受けた人」ではありません。

普通こういう連絡は、自分が最も迷惑をかけた人から順番に取っていくものでしょう。

しかもその後、研究室に伺いますと連絡を入れた後、それも取り消し。

周囲の人間を散々に振り回し、結局なにもしなかったわけです。

確かに自分は直接の被害者ではありませんが、ここまで傍若無人な振る舞いをされると、同期全体に対する不信感に繋がりかねません。

すると、本来何も悪いことはしていないはずの人たちまで、変に疑われることになるのです。

 

今回の一件で、僕は気づきました。

そいつが、どれだけ研究をなめくさっているのか。

別に僕は、研究を第一にしろと言っているのではありません。

第二でも第三でも構わないけど、迷惑はかけるなと言いたいのです。

当の本人は、あの後すぐに研究室に行こうと思ったけど、先輩に怒られるのが嫌だから時間をずらして行ったなどと、笑いながらほざいているのです。

よくも平気な顔して笑えるよなと、もはや怒りの言葉も出てきません。

巷でよく言われていることですが、人間は怒りを通り越すと呆れます。

まさに僕は、呆れました。怒りとは、相手に対して期待しているからこその感情なのです。

僕はもう、そいつには何も期待できないし、するつもりもありません。

直接の被害者ではないことも含めて、僕はそいつに怒ることはしません。

ただ、顔を使い分けることにしました。

長らく接してきた友人の一人なので、友人としては、これからもいい顔をします。

しかしラボメンとしては、もういい顔はしません。

そういう顔の使い分けを、僕もそろそろ覚える時期なのでしょう。

自分で言うのもなんですが、こういうことが、大人になることなのだろうかと、考えたりします。なるほど大人が大人になりたくないなんて言うわけです。

松前藩主の名刺開発日記37

こんばんは、お久しぶりです。

ようやく気温が下がってきましたね。個人的には寒い方が好きで、頭が冷えるとよく考え事をできるようになる気がします。その一環で秋冬は特に創作欲が強くなります。名刺前編も2月に着手していますし。

そんなわけで久しぶりに後編を書き進めました。

研究室の先輩が絵の方面で創作活動をしているらしく、クリエイター(?)どうしで色々意見交換したりして、創作欲を刺激されました。

本当はやらないといけないことが山積みなんだけどな……。

最近ノートPCを買い替えたばかりで、以前より小型のモデルを選びました。

その分キーボードも小型になったせいか、タイピングミスが目立ちます。

後編の制作は、自分の手を新しいキーボードに馴らすいい機会になりそうです。

先日から後編を修正しつつ、今日は新規分を書きました。たった50行程度ですが……。

今取り組んでいるパートは、なんか適当なことを言って尺を稼ぐパートなので、自分にピッタリですね。おかげで意外と手が進みました。

しかし残りルートは、今手を付けているものを含めて2ルート、しかもどちらも長い方……。終わる気がしません。

ぼちぼち頑張ることにします。

尺を稼ぐと聞くと、まるで原液を希釈するかのような、中身を薄っぺらくするような行為のように思えますが、これが意外と大事なことに最近気づきました。

似たような文章を意味もなく連ねることは時間の無駄だと思ったりもしますが、そうやって文章を積み上げることで読者を感情移入させられる気がします。

AIRはシナリオだけで2MBあったそうですが、そのおかげでとても感動する物語となりました。キャラクターと過ごす時間が長いからこそ、読者は感情移入しやすくなるのでしょう。

逆を言うなら、感情移入させたいなら、簡素な文章ではいけない。

そう思って、シンプルではなく、かつ冗長でもない文章を書くよう努力しています。

その前に完成するかどうかだいぶ怪しいのですが……。

陽が傾く館

いつも長文を投稿する場所があるのだが、そっちの方には投稿できないくらい、色んな意味で攻めた内容の長文を書いてしまったので、代わりにこちらに載せることにする。青森旅行の集大成みたいなもの。

 

考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、自分ひとり全く変わっているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。(中略)そこで考え出したのは、道化でした。それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。(太宰治人間失格』より)


人間失格の主人公は、幼い頃に既にこのような思いを抱き、若くして戯け、お道化を演じた。

その姿がまさに昔の、そして今もそうだが、僕自身と重なることに気付かされた。

小学生の僕は、ひどいいじめに遭っていた。

時には、ただ通学路を歩くことさえ否定され、自分を認めてくれる存在は一人もいなかった。

それでも小学校には行かなければならない。それは当時の僕にとっては一種の呪いのようで、吐きそうになりながら、泣きそうになりながら、それでも呪いに従って、クラスという名の拷問部屋へと足を運んだ。

そうして謂れのない刑罰を、それを与える資格もないはずのクラスメイトから受けながら、僕はいよいよ人間を恐れるようになった。世の中の人間という生き物は、こぞって僕を排除しようとする。その理由を考えた時に、もしかしたら僕は人間ではないのかもしれない、あるいはとても人間とは言えない、何か変わった存在なのかもしれないと、思い始めた。ミツバチがスズメバチを寄ってたかって排除するように、僕も同じ人間という生き物ではあるが、更にその下流に分類があって、それが他の人間とは違っていて、さながら人間亜種に属するのではないのかと思い、それを世間に見破られ、排除されることをひどく恐れた。

では排除されないためにはどうすればいいか。

クラスで地位を獲得している人をつぶさに観察すると、大まかに二つのタイプに分けられた。一つは、物理的な力が強いタイプ。もう一つは、周囲をよく笑わせるタイプ。

非力な僕が選ぶ道は、自然と後者になった。見よう見まねで彼らに倣い、そこからエッセンスを抽出して応用し、クラスのみんなを笑わせようと努力し……気付いたら、ピエロになっていた。

僕はこの時既に、「笑わせる」と「笑われる」ことの違いを肌感覚で覚えていた。そして僕は、拙い芸を披露するたびに「笑われて」いた。

それでも僕は良かった。排除され追放されるより、何倍もマシだった。

僕には、笑わせる才能はない。だから僕は笑われにいった。クラスの人気者でも、三流芸人ですらない。僕はまさに、お道化となっていたのである。笑われることよりも、失望されることの方がずっと恐ろしかったからこそ、こうして今も、ピエロを演じ続けている。

そういう意味では、僕は時に両親の眼前ですら、ピエロを演じてみせる。自慢ではないが、僕は特にこういう方面の演技力は高い。このピエロは、自らの生みの親の前でさえ、仮面を外さない。なぜなら、父親が怒り狂い、目の前でボールペンをへし折る姿や、母親がまるでゴミでも見るような目で僕を見る姿を見るくらいなら、たとえどんなにつまらなくてもお道化を演じた方がマシだからだ。もちろん他の人間なら尚更で、自分が本当の人間ではないことを見破られ、差別と軽蔑の目で見られたくないからこそ、本来は無口で静かに本を読んでいたいのだが、常に、そして必死に道化を演じた。僕を見て笑っている瞬間だけは、僕が人間ではないかもしれないという懐疑の念を消し飛ばせると信じていた。


しかし、自分の不幸は、すべて自分の罪悪からなので、誰にも抗議の仕様がないし、また口ごもりながら一言でも抗議めいたことを言いかけると、(中略)世間の人たち全部、よくもまあそんな口が聞けたものだと呆れかえるに違いないし、自分はいったい俗に言う「わがままもの」なのか、またはその反対に、気が弱すぎるのか、自分でもわけがわからないけれども、とにかく罪悪のかたまりらしいので、どこまでも自らどんどん不幸になるばかりで、防ぎ止める具体策など無いのです。(太宰治人間失格』より)


そんな敗北の少年、もとい敗北の道化師は、自らの顔に仮面をべったり貼り付け、塗り重ね、もはや本来の顔を思い出せなくなってしまった。いや、この思いすら嘘かもしれない、しかし思い出せないのは事実、だが本音は言っている、しかしどの顔での本音なのか……本物ってなんだ?教えて八幡。こうごまかす時点で道化……うむ、分からない。ただ一つ確かなのは、僕はもはや道化なしでは生きていけぬということである。

その性分は、誰かと話す時に、息を吸うが如く現れる。つまるところ、僕は真面目な話を真面目に聞けないのである。友人と話すときは、話しながら、あるいは聞きながら、平気な顔のふりをして、どんなに寒くてもつまらなくてもいいから、懸命にジョークを考える。偉い人と話すときだって、ジョークまではいかなくても人より変わった言い回しをする。そうして相手の注意の矛先を、自分という存在の本質ではなく、目先の言葉に向けさせる。真剣勝負するときっと勝てないから、相手が真剣を出してきても、こちらは錆びた刀とか、木刀とか、ラップの芯を持ち出して、勝負を不成立にさせる。別に負けたくないのではない。真剣勝負を通じて、自分のちっぽけな心が、薄っぺらい本質の透けて見えることが、相手の失望を誘う気がして、恐ろしいのである。その点、相手が真剣を抜いてもこちらが錆びた刀を抜けば、錆びた刀に対して、あるいは錆びた刀を抜いた僕に対してしか失望しない。錆びた刀を抜いた僕は紛れもなく仮面を被った僕なので、傷がつくのは仮面であり、その内側にある、僕自身が持つ弱く醜い顔ではない。だから僕は確実に、真面目な話をしない。なぜなら、僕は真なる面目を出せないからである。また、僕は人間の目ほど恐ろしいものはないと考えている。一度目と目が合えば、自分が人間でないことが刹那のうちに明らかになってしまうと恐れ、あるいは自分を異存在を見るような目で見てくるような、罪人を咎めるような目を一瞬でも見ることが怖くて、もはや人間の目を見ることなど、自分には到底叶わないことである。


笑い。これは、つよい。文化の果の、花火である。理智も、思案も、数学も、一切の教養の極致は、所詮、抱腹絶倒の大笑いに終る、としたなら、ああ、教養はーーなんて、やっぱりそれに、こだわっているのだから、大笑いである。(太宰治『思案の敗北』より)


結局のところ、僕は他人の幸せを願って、誰かを笑わせ(れ)てきたのではない。それについ先日気付いた。一日一笑、などという標語を振りかざし、人は笑っている時に一番幸せである、などとうそぶき、自分が行っていることは奉仕活動であり、サービスであり、時には社会への還元であるとすら、考えたこともある。

しかし本心はそこにはない。微かながらも上記のような思いを抱いていることは事実だが、これは第一目的ではない。一番の理由は、誰かを笑わせることで、人間の警戒心を緩め、取り入り、そして自分という存在を正しく認識する前に、「面白い奴」あるいは「変な奴」というバイアスを持たせ、自らの核を煙幕で遮ることであった。今思えば、笑いという感情が強いということを、かなり前から無意識的に知っていたのである。


最早、生まれてくることが罪だったのだ。すべての人間を裏切り、疎まれるばかりで何もできない僕は、まさしく罪の塊。そうして人間に怯え、人間から忌まれながらに生きることは、僕にとっての罰である。そして、死ぬことで僕に対する不満が昇華され、最後にわずかばかりの償いを行う。

社会の片隅、正気と狂気の間に暮らし、人間と非人間が融合したようなおぞましい存在。

それが僕の正体である。もはや人間失格どころの話ではない。

俺は生物を失格していた。

お久しぶりです。松前藩主です。毎日元気に研究しまくって死にそうになっています。

 悲しいことに、名刺後編を作る気力も時間もありません。

自粛期間は気力はないけど時間はあったので作っていたのですが、それももはや遠い昔の話です。当時は世間に蔓延する閉塞感みたいなものに耐えきれず、名刺作りに励んだものですが。

さて、後は何を書いたものか……。

そう言えば先日、名刺をプレイしていた人が身近にいることが判明しました。何となく予想していたのですが、意外と当たるものですね。

直接レビューを聞いてむずがゆい思いをしたのですが、実況者である幕末志士さんが作ったフリーゲーム「キリザキ君は。」に近しいものを感じたという感想が印象に残っています。

僕自身もあれをプレイして影響を受けたし、何なら名刺の構想をぼんやりと練っている時に出たものですから、プレイしながら先を越されたと思ったものです。

なので名刺を作るときにはなるべく展開が似ないよう配慮したつもりです。それでもやはり近しい部分もあったのでしょう。

キリザキ君の元ネタとなった坂本さんがシナリオを書いていますが、坂本さんは太宰治に大きく影響された人です。

僕も人間失格を読んで、それはもうめちゃくちゃ影響されました。

こう考えると、そもそもキリザキ君にしろ名刺にしろ、元を辿れば太宰治に端を発している気がします。特に名刺の方はだいぶ人間失格らしいテイストです。主人公が常に罪の意識を持っていながら、また同じ過ちを繰り返してしまう点など、まさに該当する部分と言えるでしょう。

前編ではかなり人間失格色の強い話になってしまったので、後編で差別化を図ろうと思っていたのですが、その後編は出そうにありません。

しょうがありません。なぜなら僕は、研究と創作を、もっと言えば仕事とプライベートを、両立できない人間なのですから。

どうやら僕は、人の子はおろか才能の神にさえ見放されてしまったようです。

あるいは現世に僕というキャラクターを作る際に、プレイヤー(神?)はステータスのパラメーター配分をずいぶんと適当に済ませてしまったのでしょう。

そう考えると面白いですね、ギリシャ神話よろしく多神教と仮定して、たくさんの神様が、地球というフィールドを舞台としたオープンワールドゲームをプレイしていて、その神様がゲームをプレイする際に人間というキャラクターを作るから、僕らが生まれ生きている。一度作ったキャラクターは変更することはできず、かつパラメーターが無数にあって最適解がないため、神様はいろんなキャラクターを作って、どれが最適解か探している。で、僕は失敗作というわけです。

しかもこれが生物学的観点から見て矛盾しないのが更に面白いです。生物は長い年月をかけて進化していきます。人間も例外ではありません。プレイ時間が長くなるほどに、キャラクターを作るほどに、最適解に近づいていく。これを僕らは進化と形容しているのかもしれません。

さて、このゲームの終着点はどこにあるのでしょうか。オンラインゲームの終焉はサーバーの閉鎖ですが、この場合は地球の滅亡でしょうか。

その前に名刺というゲームを早く完成させなくちゃ。